花とウォーキングシューズ

お花写真と俳句などです

お花の公園で眩しく

何が眩しいって、晴れたお正月の公園で、華やかな和服の小学生の女の子が重そうにレースの白い日傘を持って、両親が代わる代わる構える一眼レフのレンズの前で、人工的に咲かせたチューリップ畑を背景に、キャラキャラ笑いながらくるっと回って愛想を振りまいたこと。

私もあんまりかわいいんで頼み込んで撮影させてもらいたかったけど、先方のレンズの方が明らかに高価だったので、遠慮しました。

 

最近の若いお父さんお母さんは子供をかわいがるのが上手な人がいるなあと思います。

仕事は忙しいだろうけど、心にゆとりがあるんだね。

というか、お仕着せの価値観ではない自分たちの感覚を大事にしている。

「受験戦争」という言葉も「お受験」になったし。

 

しかしくどいようですが、その子の愛嬌の振りまき方が、めちゃめちゃキュートだった。

恐れ知らずで、満ち足りていて、幸せで、この世に欠けたることのなしという感じ。

あんなに親二人から愛情をたっぷり注がれて育てられたら、本物のお姫様だ。

子供は目立つ一方、若い親は周囲に気遣って控え目だったけど。

朝一で公園すいてたし。

 

きっと最高の子供の姿を写真に収めたくて、ロケーションやら衣装やら何から何まで調べ上げて整えたんだろうなあ。

あの子が一生のうちに何度も晴れ着を着る機会が損なわれませんように。

愛情がかかっているものを見るのは世の中の豊かさに触れるようで、こちらまで幸せな気分になります。

 

いろいろあるだろうけど、基本的な愛情が満たされている子供は物事を素直にとらえそう。

親から溺愛された姪っ子を見ていても、身の程を知るまでは自己表現が本当にうまかった。

幼稚園やら学校へ行くようなると、あれこれ痛い目を見たようで、今はなんだか静かなようですが。

でも芯のところで、人生、真正面に向き合っていこうという自然な気概を感じる。

 

私はなかなかビビることが多くて、結局はいろいろと取りこぼしましたが、思えば時間が自由になった。

しかし先立つものと体力がない。有り余るのは親の心配。

で、あんまり身動きが取れない。

親の心配はあるうちが花なんだろうけど、無くなるのも秒読み。

先立つものの算段さえ付けば、さらに自由になれるはずだが。。

 

これからでもやっぱ自分で稼ぎたいですよ。念。念。念。

ある程度自分を変えなければ稼げないかな。

どうも作品作ってても実益には遠いし、切実に旅がしたいです。

将来はプチノマド生活を目指したいところですが。

行き倒れるか。

我ながら気分次第でコロコロやること変えると思いますが。

諸般の事情により未発達状態なのでご容赦ください。

作品も、しかし、上手下手抜きにして、独立してこその作品という感じもするしね。

ちょっとスタンス変えようっと。

ブログにしがみついているおかげか元気出てきたし。

回復傾向ありがたし。